できる
※ただし、同性に限る
大人になってからしか、友達ができたことがない私が言います。できますよ!
異性となると、どうなんですかね。
30代って既婚者が多いだろうし、遊んじゃダメでしょうし。独身者でお友達になれるような良い方だと、友達よりも恋愛の相手になりえるしな。
大人になると友達はもうできないという説
一概に「友達」と言っても、あらゆる関係を含む可能性があるので、ここでいったん定義する。
そしてこれはあくまで、自分が相手に対して持っている想いである。相手の100%なんて知り得ないので、相手もそうであればいいけど、あくまでも私個人の相手に対しての想い。
- 気軽に誘い合える仲
- 損得勘定はなく、不愉快な気持ちにもならない
- ネガティブではなくポジティブな関係
- 自然体
交際年月は関係なく、一緒にいる時の精神状態が良好であること、ポジティブな気持ちでいられることを、大事なこととしたい。
いつできた友達が多い?
学生時代と答える人が多いのでしょうか。しかし暗黒の10代を送った私は、上記の定義に嵌まるような友達っていなかったような?あれ、目に汗が。
まあ、自己嫌悪の塊が、他人に好いてもらえるはずがないのです。自信がなさすぎる、自己評価がゴキブリ並みの人間は、普通にコミュニケーションを取ることが難しい。
あんまりあの頃の自分を知ってる人には、今でも会いたくないです。成人式にも出なかったしね!
誰もが簡単に100%、手に入れられる関係ではないから、私はその有り難みを知っているし、過去の屍を超えたところに、今は立てていると思っている。
友達は減っていく
寂しいけれど、これ真理。
「減る」というと語弊があるかも。人生のタイミングは、その人により様々で、疎遠になることもある。それはもう仕方がないよね。だけど、そこに固執してはいけないと思ったし、自分が無理に合わせることもないのです。
お互い無理しちゃう関係は、上の定義からも外れる。またタイミングが会えば、連絡を取り合うこともあるでしょう。そう思って、いったん脇に置いておく。
あとSNSをやらないっていうのは、けっこう良いものでした。
私もむかーしtwitterとかインスタとかやってたけど、アカウント乗っ取り事件があって、スッパリ辞めちゃった。
もともとフェイスブックはやっていなかったから、友人が私の近況をネット上で知る術ってなかった。そうすると直接連絡くるしね。会うしね。私も相手のアカウント聞かないから、元気かなーとか、近況知りたくなったら会いにいく。そうやって続いていく。
友達はいきなりはできない
減っていく一方だと、いずれゼロになるでしょう。
でも大人になっても、友達はできるのです。出会いさえあれば。誰とも会わない生活なら、できる可能性さえなくなっちゃうので、外に出る。これが大事だ。
「友達」は、ある日突然、友達です!と言って近づいてくるわけではなく、日々会う人との関係の、延長線上にある。日々の積み重ねが、ある日、化ける。
今は関係が薄くても、1年後どうなっているか分からない。それが人間関係。
稀に、最初からお友達の顔してやってくる事もある。瞬間湯沸かし器的な。でもそういう出会いは次に繋がらないことが多いし、だいたい定義にはまらないで終わる。
大事なのは信用の積み重ねで、自己の印象は、日々更新されていくものだと思っている。
背伸びは不要、スタートダッシュで好印象を狙う必要なし、マイペースでオッケー。
ただし、誠実であること。挨拶や返事、会話のキャッチボールはきちんとすること。他人に合わせすぎない、好かれようとも頑張らないけど、不快に思われるような言動はしないこと。間違えたなら、きちんと謝る。感謝やポジティブな言葉はポンポン出してく。
要するに、普通でいろってこと。ただし、会話はしろってこと。
いま、私が気をつけているのはこれだけだ。会話を重ねていけば、自分のことを話す機会は増えていく。相手のことを深く聞くことも増えていく。そうすれば、やっべーこの人こんな人だったんだ!超面白いじゃん!ってなることもある。逆にそう思われることもある。
あとは、こまめに誘う。こっちが誘えば、向こうも声をかけやすい。「誘う」ことへのハードルが、どんどん下がっていくと同時に、遊びの企画が色々もちあがってくる。
今でこそ、わりとうまくやれているのは、失敗しながら経験を積んだから。10代の自分に教えてあげたい。見せてあげたい。年取るほど、楽しい生活になっていくぞと。
ないないづくしのマイナスからのスタートは、今ある環境を大切に思えるから、悪いことではなかったよ。