コロナとか三浦春馬くんとか雑談

今日から夏連

今日からですよ。11連休です。業務が薄すぎて、やることないから一足先にお休みです。どこかにパーッと出かけたいところですが、ムツカシイですね。すごくつまらない。

実際、私の住んでる地区ではあまり差し迫ってコロナの脅威は特に感じられない呑気さで、ニュース見ないと忘れそうになります。かといって、遊んでて感染源になったら叩かれそうですけど。特効薬ができるまでは、ずっとこんな感じですかね。なんてこったい。まあ、私なんかより学校行ってるお子さんがいる方たちのが大変そうですけどね。今後も予定が定まらなくて。

こんなことが起こるって、想像してました?私はこれっぽっちもしていなかった。私の年代って、いろんな事件とか災害とか技術進歩を肌で実感してきた世代だと思うんですよ。小学生のときに、地下鉄サリン事件からのオウム真理教でしょ。麻原彰晃が超人として普通にテレビに出てた姿も見てますからね。からの、阪神淡路大震災、以降現在まで続く続く各地での大規模災害。高校生のときには9.11。リアルタイムで見ましたね。その余波で修学旅行が沖縄から北海道へ急遽変更。リーマンショックの不況と、技術の爆速進化を携帯電話というツールで見てきている。初めて持った携帯電話の姿かたち、今思い出すと信じられないですよ。アンテナ伸ばして、電波探してうろついてたんだもん。光るのがおしゃれでしたよね。

家庭用のパソコンはWindows95からありました。小学生のときだな。ゲーム機だってそう。ファミコンからスーファミ、プレステ。携帯ゲーム機だと、初代ゲームボーイから持ってた。新しいものが出るたびに、見せられるたびに感動できてた時代。今はもう技術革新も行くとこまで行ってる気がします。これ以上って何があるかな。Switchは久々に驚いたけど。コントローラー外れるんだもん。分けられるんだもん。

なんか良い世代だと思うんだよね。テレビも漫画も音楽業界も絶好調に面白い時代を知っているし、今はYou Tubeめっちゃ見てる。

まあ、きっとこの先も色々起こるわ。予想してなかったことが。良いことも悪いことも。安定なんて存在しないし、平等なんて存在しないし、理不尽なことばかりだ。そんなことばかりだった。

三浦春馬くんもいなくなってしまうし。特別ファンじゃなかったけど、14歳の母のときから見てるから、そこにいるの当たり前の人なんですよね。ショッキングでした。笑った顔が素敵でした。

自分が今まで生きてきて、一番の敵は「退屈」だなって思う。孤独よりも。孤独感はそんなに感じてないのよね、今のところ。自覚してないだけな可能性もあるけど。つまらないって思ったら、今まではすぐなにかに取りかかれたんですよ。コロナがなければ。門戸があらゆるところで開かれていたけれど。

暇だなーつまんねーなーって思うと、たいてい思考は悪い方向へ転がっていくし、考えなくてもいいこと考えちゃう。鬱っぽくなるのだよね。もともと感情の起伏がそこまでないタイプなので、あえて起こしにいってた。だからナマモノが好きなんです。舞台鑑賞とか、旅行とか、レジャーとか。体験そのものに重きを置いていたのに。

コロナのせいで広がりつつあるこの退屈を埋めたい。やっぱ犬飼おうかな。でもちゃんと飼いきれるかな。飼ってしまったら、きちんと世話する自信はあるけど、負担に絶対思わないとは言い切れない。考えちゃうね。考えちゃうのも退屈のせい。




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