懐くと慣れると自分のエゴ

梨が大好き。

こむぎは自分サイズに切られた梨には見向きもせず、私が食べてる方を食べたがる。毎回強奪されるけど、可愛いから許す。

小動物を飼育するようになって、まず向き合った自分の中のエゴ。飼育している生き物よりも、エゴとの付き合いが最初の壁でした。

最初にお迎えしたのが、ヒョウモントカゲモドキの兵長だったんですが、爬虫類は基本的には懐かない生き物だと言われている。慣れるけど、懐かない。

お迎えした当初。マジで可愛いね。小さかった。

そもそも慣れると懐く。この定義からまず難しくありません?どこから懐くになるのか、どうなれば自分は満たされるのか。飼育する生き物に、いったい何を求めているのか。

全部理解した!と、言いながらお迎えした兵長でしたが、兵長は通常のヒョウモントカゲモドキよりもだいぶ陰キャです。最近はケージ見てると、お?って感じで顔だしてくれるまでになりましたが、お迎え当初は本当にシェルター飼ってるくらいのレベルでした。

初めて自分で飼いたいと思って飼った生き物です。自分で選んで自分で環境用意して、そう、初めてだったんだよな。意外なことに。せめて姿くらいは毎日見たいじゃないですか。しかし叶わず。寂しくない?飼い主寂しいわ。

そんな日々に、私の心はどんどん鍛えられていき、ある日、悟る。

愛が重い。

私は兵長に一体何を求めていたのか。この小さい生き物が、思い通りに動いてくれるとでも思っていたのか。そもそも慣れてもいないのではないだろうか。外に出ても安全だと思っていないのではないか。

反省した。

期待しないっていったら言葉が悪いけど、見返りを求める以前に、淡々と「ここは安全だよ、外でだらけていても食われないよ」って環境をひたすら提供するのが飼い主のあるべき姿勢なのではないだろうかと。

開眼しました。

で、まずケージ変えた。野生のヒョウモントカゲモドキの敵は鳥だったりするので、上が開くタイプで手が上からくるケージより、横から世話ができるタイプの方が、瞬間的ストレスがなくなるのではないかと思って。そしたらこれが割と良かったみたいで。ちょろちょろ姿が見れるようになりました。

そしたらだいぶ私は満足したのです。姿が見たかった。くつろぐ姿が。

今となっては懐いてほしいとも、ベタベタに慣れてほしいとも思っていない。元気に動いてる姿が見ればそれでいい。

でもこの兵長の経験から、自分の気持ち一つで色々と変わるもんだなって改めて思いました。相手に期待する前に、自分ができることしろよって。なんか修行だった、今思うと。

あと時間はかけるべきだと。信頼関係や、関係の構築にはそもそも時間がかかるものだと。人間も動物もおんなじだった。

友達の家のヒョウモントカゲモドキは陽キャで、愛らしい姿めちゃくちゃ見せてくれるんですが、最初はただただ羨ましかったんだけど、結局、自分の子が一番可愛いですよ。今はそう思えるだけの時間をかけた、とも言える。

これは個人的な考え方ですが、私は時間が一番の財産だと思ってる。資産っていうのかな。

関係の構築も、お金じゃ解決できないし。信用もお金じゃ買えない。自分と相手の間に流れた時間には、単純に共有した時間と、その中での想いもあるわけで大切なものだなあとやっぱり思う。一定の時間の中で経験してきたことも体験してきたことも、その中で学んできたことも、資産で財産。

兵長は寿命が長いので、またどんどん見れる姿も変わっていくのではないだろうかと思う。お世話係がんばるよ!

これまで自分の都合が最優先で、遊ぶだけ遊んで、遊ぶことにも結構もう満足して、次にやりたいこと、生き物飼いたい!って、飼い始めたんだけど、家の中だけで、これだけ色々なこと教えてもらえるのは、すごいこと。命ってでかい。

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